ジオプトリーとは、レンズの強さを表す単位です。 アルファベットではDとなります。レンズの焦点距離をメートルで表したものの逆数です。ジオプトリーが大きいほどレンズの屈折力が強くなります。 為替に、セルビアからの分離独立の可否を問う国民投票が実施された。欧州連合は、セルビア・モンテネグロでなければ欧州連合への加盟を認めないという立場を取っていたが、投票の直前には「50%以上の投票率と55%以上の賛成」というハードルに切り替えた。一方で独立支持派は「モンテネグロの独立こそが欧州連合加盟への早道」であるとするキャンペーンを展開した。投票の結果、投票率86.5%、賛成55.5%で欧州連合の示した条件をクリアした。 2006年6月3日夜(日本時間4日未明)に独立賛成派が国民投票の結果に基づき独立を宣言した。6月5日にはセルビアもセルビア・モンテネグロの継承を宣言して、モンテネグロの独立を追認した。6月12日には欧州連合がモンテネグロに対する国家承認を行った。これにより国際的にもモンテネグロの独立が認められた。両国の独立により6つの共和国から構成されていたユーゴスラビア社会主義連邦共和国は完全に解体した。6月28日には国際連合に加盟した。 北西部でクロアチア(ドゥブロヴニク)・ボスニア、北東部でセルビア(サンジャク地方)、東部でコソボ、南部でアルバニアと国境を接している。西部がアドリア海に面している。 外貨預金には、重工業が盛んで、ソ連域内屈指の工業地域であった。当時ソ連内を走る電車の約9割がラトビア製であったともといわれていた他、VEFの有名なラジオもリーガの工場で生産されていたが、独立回復時にそれらの工業拠点は軒並み放棄され、現在も廃墟のまま残るなど、ソ連時代の産業はほとんど継承されなかった。 結果として、現在では国際的に競争力のある基幹産業と呼べるものは見当たらず、木材加工や金属などの産業がラトビアの産業を支えている。国内総生産は110億7000万ドル、一人当たり4762ドルで、これはEU加盟国中、ブルガリア、ルーマニアに次いで低いレベルである。 IPO、経済の混乱によりインフラの整備・開発の遅れが目立っていたが、近年になり、不動産・金融・製造業等の分野に対する外国(ドイツ、スウェーデン、英国、ロシア等)からの直接投資が活発になっており、ここ数年はEU域内で最も高い成長率を記録するなどリーガを中心に経済成長が著しい。 他方で、都市部ではインフレ率が大幅な上昇傾向にあることに加え、主な投資先がリーガやその周辺に集中するなど地域間の格差が拡大しており、ラトビア経済が抱える最も大きな課題のひとつとなっている。 ここ数年リーガは旧市街を中心に観光業が活発化しており、外資系ホテルの参入や新規航空路線の拡充とともに観光客が増加しているものの、リーガ以外では観光開発が十分でなく、観光業でも地方とリーガの間の格差が広がりつつある。 ラトビア最大のリーガ国際空港は、バルト三国の中で最も航空路線・利用客数が多く、この地域でのハブ空港として機能している。最近では、夏季のみだが、リエパーヤのリエパーヤ国際空港への定期航空路の開設があり、独立回復後初の国内定期便(リーガ⇔リエパーヤ)が就航したほか、数十年ぶりとなる地方空港を発着する国際定期便も就航した。2008年からは、クルゼメ地方の港湾都市ヴェンツピルスとリーガを結ぶ定期便も復活した。 株にも登録されている旧市街地を中心とする地区は、景観保護のため高層ビルの建設が認められておらず、高層ビルは少ない。市内にある、高層ビルはいずれもソ連時代に建設されたもので、当時はそうした制限もなかったため建設されることとなった。これらのビルのうち、旧市街北部にある環境省等が入居するビルは、景観回復のため取り壊しも含め議論されている。 通貨は2006年の国家としての独立以前からセルビアから独立していた。1999年11月3日からそれまでのセルビア・ディナールに変わって、ドイツマルクの流通が合法化された。その後2002年にドイツマルクの流通が完全に停止されてからは、独立後の現在に至るまでユーロが流通している。 セルビアとの境界には独立以前から税関が設けられていた。世界貿易機関(WTO)にも、以前からセルビアとモンテネグロで個別に加盟交渉を行っていた。 政体は共和制である。 議会 (サエイマ、Saeima) は、一院制で定員100議席、任期は4年である。大統領は、議員とは別の選挙で選ばれ、任期は4年である。 主な国内問題としては、国内に居住するロシア人への処遇問題がある。 ソ連時代からラトビア領内に住む非ラトビア人に対しては、ラトビア国籍取得に際して軒並みラトビア語試験などを課し、民族主義的な側面が多々あり、最大のマイノリティであるロシア系市民やロシアが頻繁にこのことに関する改善を要求し、EU加盟委員会も加盟に際してこの問題の改善を促した。 他方、首都のリガではロシア語生活者が半数近くを占めるなど文化としてのラトビアの存続に危機感が募る中、EU加盟後の現在でもロシアはこの問題を外交カードとして使っており、ラトビアにとっては非常に悩ましい問題である。 EU加盟後も、ロシアと国境問題が存在した。これは併合前の国境を主張していたためで(ラトビアはロシア西部プスコフ州の一部の領有権を主張)、ロシアとの国境は暫定国境になっていたが、両国の関係改善を求めるEUの働きかけもあり、最終的にはラトビア側が要求を取り下げ、2007年3月27日にロシアとの国境画定条約に調印した。 2003年の国勢調査(セルビアとは別に実施)によると、民族構成はモンテネグロ人が43.16%、セルビア人が31.99%、ボシュニャク人が7.77%、アルバニア人が5.03%、ムスリム人が3.97%、クロアチア人が1.1%、ロマもしくはエジプト人と答えた人が0.46%だった。 なおここでの「エジプト人」とは自らのルーツがかつてのエジプトにあると言う信念から、エジプト人であると主張するユーゴスラビア固有の民族集団のひとつである。現在のエジプトにはエジプト人と言う民族集団はなく、エジプトを構成する最多の民族集団はアラブ人である。 モンテネグロの公用語はセルビア語のモンテネグロ方言であり、63.5%が自らの母語をセルビア語であると宣言しているが、約22%がセルビア語と方言程度の違いのあるモンテネグロ語を母語としていると答えている。 宗教は、74%が正教会、イスラム教が17.74%となっている。